時計の磁気帯びとは


金属である時計は磁気を帯びやすく、磁気を帯びると誤動作の原因になることがあります。

時計は磁気を帯びてしまうもの

手巻き時計であれば、ケース・内側の部品の全て、そのほとんどが金属です。
この写真からもおわかりいただけるように、時計の部品は、磁石にぴったりとくっついてしまいます。

時計が磁気を帯びると、基本的には早く進む側に誤差が広がり、場合によっては止まってしまいます。
一般的な症状や対処、磁気の抜き方も合わせてご案内しています。

磁石に引き寄せられた時計の部品たち

 
 
 

時計の磁気帯びとは?

時計の機械は、小さな金属の部品で構成されているため、磁気を帯びやすくなっています。
磁気を帯びてしまうと、部品同士が磁気で影響し合うようになり、動作に支障がでるため、それが止まりや誤差の原因となります。

ご想像いただくと良いのは、子供の頃の磁石を使った実験。
釘やクリップ等を磁石にくっつけ、磁石を外した後に砂鉄に近づけると、釘やクリップに砂鉄がくっつくようになりましたね。

もちろん磁石を時計にぴったりとくっつけてしまうと、強い磁気を帯びて壊れてしまいますが、日常生活の中で受ける比較的弱い磁気・一時的に受ける磁気でも、時計の動作に影響を与えることがあります。

ドライバーと砂鉄

 

時計が止まったり誤差が大きくなったりして、修理に出して見ると、「磁気帯びです」と言われたことはありませんか?
このようなご経験をお持ちの方は、新しい現行品に近い時計ではなく、アンティーク時計等、古い時計をお使いの方ではないでしょうか?

その理由は、アンティーク時計と呼ばれるような古い時計の場合、時代的なこともあり、磁気帯びを防ぐような素材や作り、またそのような機能が備わっていないためです。
特に1950年代以前の時計では、そのような作りになっていないものがほとんどです。

1960年代以降になると、磁気を帯びにくい合金が使われるようになったり、ケース自体も磁気を帯びにくいものが主流になり、時代を追うごとに磁気を帯びにくくはなっていきます。
現代の時計に近づくほど磁気を帯びにくくはなりますが、時代によっては「今までの時計と比べると帯びにくい」というだけで、古いもので「ANTI-MAGNETIC=耐磁性がある」と表示のある時計であっても、磁気は帯びてしまいます。

【 耐磁性の表記がある主ぜんまい 】
耐磁性が表記されている主ぜんまい

【 ANTIMAGNETICの表記がある時計のケース 】
ANTIMAGNETICの時計ケース
現在の新しい時計では、耐磁性があって当然ですが、時代によってはそれが「宣伝すべき機能」であった時代もありました。
そのため、このように文字盤やケースに記載のある時計も、ひと時代によく見られます。

 

 

磁気を帯びるとどうなる?

基本的な症状としては、時計が「早く進む」もしくは止まってしまいます。
その原因になっているのは、時計の心臓部分。

柱時計などに振り子があるのはご存知ですか?
映画や特にアニメなどで、この振り子時計が描かれることがよくありますので、どこかでご覧になられたことがあるのではないでしょうか。

この振り子は、基本的には1往復することで、1秒の時を刻みます。
振り子が左右往復する時間が、1秒ということです。

【 時計の振り子 】
振り子時計

懐中時計や腕時計にも、これと同じような作りが機械の中に入っています。
では、この振り子の部分が磁気を帯びたと仮定してみましょう。

磁気を帯びると、部品同士が磁気で干渉しあって、しっかりと左右に振ることができなくなっていきます。
磁気を帯びる前の振り幅が、20センチだったとして、磁気を帯びてしまったことで、半分の10センチしか振れなくなってしまったとしましょう。

すると、今まで20センチを移動することで秒針が1つ動いていたものが、10センチ・半分の距離で秒針が1つ動くことになります。
これは言い換えれば、20センチで1目盛り動くと1秒であったものが、その半分の距離・時間で1目盛り動くことになりますので、0.5秒で1目盛り動いていることになります。

秒針が1つ動けば1秒ではありますが、正常なものは1目盛りで1秒、この例のように半分の速さで進みすぎるものは、0.5秒で1目盛り進むことになります。
そうなると、通常の時計が30分を刻む間に、倍の速さで動く時計は1時間を刻む計算になります。

上の例はわかりやすく極端な数字にしていますが、磁気帯びると、このように振る幅が狭くなり、時刻の刻み方が早くなる。
「時計が早く進む」という症状になります。

より強い磁気を帯びると、部品同士がくっついてしまう・干渉しあってしまうため、完全に止まってしまいます。

 

 

磁気帯びの見分け方

時計が誤動作するほどの磁気を帯びているかどうかは、基本的に一般の方が調べることはできません。
今や磁気はどこにでもあるものですので、どの時計も必ず磁気を帯びています。
ガウスメーターなど、磁気を測れる機械が手元にあったとして、よほど強い磁気が掛かっていることがわかる場合以外は、時計に誤動作を起こさせるだけの強さの磁気か、そうでないかの違いはありますが、時計にどう影響しているかを、簡易に測れるものではありません。

磁石と砂鉄

また、誤差を引き起こさせる・止まってしまうまでに至る原因が、磁気だけでないこともあります。
例えば、しばらくメンテナンスを受けておらず、汚れやホコリが溜まっている・油が無いなど。
他の原因があって動きが悪くなっているところに、磁気でさらに力が伝わらなくなり、動作が阻害されて誤動作が引き起こされる。
このような複合的な原因が、ほとんどのケースで考えられます。

そのため、磁気帯びで止まってしまったと思われる場合でも、ご自身で簡単に磁気帯びを知る・磁気を抜くことはできません。
またそれ以外の原因が関係していることも、高い確率で考えられます。

磁気を抜く方法を、このページでご紹介していますが、逆に強い磁気を掛けてしまうリスク、故障を悪化させてしまうリスクがあります。
また工具や器具を購入していただくための費用もかかりますので、ご自身での磁気抜きはお勧めできません。
修理をご相談していただくのが一番です。

 

 

磁気を調べるには

時計が磁気を帯びているかどうか調べるには、インターネットなどでは、方位磁針を近づけて時計の磁気を調べる方法が紹介されています。
ですがこの方法は確実ではなく、あくまで簡易的なもので、方位磁針だけではわからない要素がたくさんあります。

方位磁針は確かに、簡易に磁気を知ることができるものではありますが、時計に近づけて方位磁針が振れるからといって、必ずしもその磁気が時計に影響を与えているとは限りません。
時計自体もしくはケース、時計のどこかに磁気を帯びていることまではわかっても、それがどこであるのか、どこに強く掛かっているのかを特定することはできません。

時計用の方位磁針

古い時計の場合は特にですが、磁気を帯びやすいという性質を持っています。
磁気を抜く作業後には磁気は無くなりますが、どんなに気を付けて使っていても、ごく自然に軽い磁気は帯びてしまいます。
磁気を帯びていることが必ずしも悪いわけではなく、どこに磁気を帯びているのか、どの程度帯びているのかが重要で、ある程度の磁気を帯びていても、時計の形状や状態・磁気を帯びる箇所にもよりますが、動作に影響の少ない箇所であれば問題無く動きます。

また時計の作りや磁気を受ける場所によっても違い、例えば大きな懐中時計であれば、部品を動かす力も強いため、小さな時計と比べると磁気の影響を受けにくく、ケース自体や巻き芯等が磁気を帯びているだけで、テンプ回りといった精度に直接影響する部分の磁気帯びでなければ、影響が出ないこともあります。

お使いいただく以上は、磁気が0ということはありません。
もし止まりや誤差が出ていれば、磁気を疑ってみるのも一つではありますが、前回のオーバーホールはいつだったのか?、止まりや誤差が起こる前に落としたりしなかったか等、磁気以外の原因を考えてみることをお勧めします。

 

 

時計が磁気を帯びてしまったら

ご自身で判断していただくのは、確実ではないこともあります。
もし止まりや誤差が大きくなった場合には、一番お勧めしたいのは修理に出していただくこと。

方位磁針で調べていただいて、どうしても強い磁気を帯びていると思われる場合は、ご自身で磁気抜きをしていただく方法もありますが、多少なりともリスクがあり、磁気を消すのではなく、さらに強い磁気を帯びさせてしまったり、根本的に修理をしなければならない事態になってしまうこともあります。
特に古い時計の場合は、ひげぜんまいと呼ばれる髪の毛のような細い部分に、磁気を抜く際に負荷がかかってしまい、故障の原因になることがあります。

コンパスと腕時計

ひげぜんまいと呼ばれる部分は非常に繊細で変形しやすいものですが、精度に大きく関わる部分で、変形していると精度が出ませんので、できるだけ綺麗な円になるように整形をする必要があります。
磁気を抜く際に、ここに強い負荷がかかってしまうと、非常に繊細なものですので、修理で整形をした箇所が元の変形していた時の状態に戻ってしまうことがあります。
このようなことが起こると、精度に関わる部品が変形してしまうことになりますので、それが止まる原因になったり、さらに誤差を大きくしてしまうことがあります。

磁気を抜く機械を購入していただく費用や、確実な判断ができないこと、直るか直らないかわからないという点を考えていただくと、一番良いのは修理に出していただくことです。

 

 

どんなところで磁気を帯びるのか?対処は?

現代では、どのような場所にも磁気は存在しています。
磁石等は言うに及びませんが、電化製品など電気で動くものの近くに置くのは避けていただくこと。
昔はテレビの上に置かれて磁気を帯びるということがよくありましたが、今ではテレビも薄型になりましたので、テレビ真横・テレビ台は避けていただくのが良いでしょう。
冷蔵庫の上、スピーカや携帯電話・パソコン・充電器などの真横には置かないこと。
物や状況によって違いますので、正しい数値はありませんが、できれば20~30センチ以上は離していただくほうが無難です。
できるだけ、近くに家電製品の無い場所に置いていただくのが一番です。

エレベーター内

また時計をお好きな方は良くご存じのことですが、あまり一般的に知られていないところでは、外出先ではエレベーターの中、特に壁側は強い磁気が発せられていますので、手は壁側には組まないことをお勧めします。

細かいことを言えば、そのもの自体が磁気を作り出さない物でも、金属性の磁気を帯びる素材であれば、どのような場所・どのようなものでも磁気を帯び、影響を与える可能性が無いというわけではありません。
例えばズボンのベルトのバックルや鞄のボタン等、それ自体がどこかで強い磁気に当たっていれば、磁気を帯びていることもあります。

時計の故障の原因になる磁気ではありますが、基本的には衝撃による破損や水や湿気による錆びとは違い、部品そのものに破損を起こさせるものではありません。
磁気を抜きさえすれば元に戻りますので、基本的なことに気を付けて使っていただければ、あまり神経質になりすぎる必要はありません。

 

 

ご自身で磁気を抜くには

時計の磁気を抜くための「磁気抜き」「消磁器」が、有名メーカーから海外製の安い機械までいろいろなものが発売されています。
基本的にはどの機械も同じように動作しますが、気を付けていただきたいのは、必ずスイッチを入れた状態で、時計を近づけたのち、しっかりと時計を機械から離してからスイッチを切ること。
スイッチを入れる前に時計を近づけたり、時計を離す前にスイッチを離すと、さらに磁気を帯びてしまいます。

 
 

機械別の磁気を抜く方法

【 中国製の安価な磁気抜き 】
安価な磁気抜き

太鼓型や平面になっているものは、操作するボタンを押したまま、その面にゆっくりと時計を近づけてから離す。
面の上に時計を直接置く必要がないものもありますので、指1本分くらい空けた程度の距離で、時計以外のもので最初に磁気抜きを試してください。

 

【 時計工具メーカーの磁気抜き 】
時計工具メーカーの磁気抜き

横向きの輪になったような形のものは、操作ボタンを押したまま、ゆっくりと輪の中に通してから離す。
どちらの機械も、「いーーーーち」とゆっくりと1を数えるうちに作業を終えます。(さっと通すのではなく、スーッとゆっくりと時計を動かす感覚です)
時計を機械から離す際には、できるだけ手を遠くまで伸ばして、機械からなるべく遠く離すのもコツの1つです。

 

気を付けてもらいたいのは、機械によってはコイル式で、ボタンを長く押しすぎるとコイルが焼き切れてしまうこと。
長く時間をかければ抜けるのではなく、手順とタイミングが大切です。
機械の説明書に、1分以下・何十秒以下で作業をするようにと注意書きがある場合がありますので、必ず説明書は読んでから作業を行ってください。

 

作業をする前に必ず練習をして慣れてから

ご自身でお試しいただく場合には、まず最初に、時計以外のもので練習していただくことを強くお勧めします。
初めての機械、初めての作業ですから、機械の操作や動作を正しく行うのが成功するコツです。
身近なもので練習ができますので、下記をお読みいただいて、必ず練習をしてください。

 

練習のための手順

小さな金属部品やピンセット・ドライバー等があれば、それを「磁気を帯びた時計の代用」だと見立てて練習をします。
まずはその練習用の工具もしくは金属片に、磁気を帯びさせます。
(下記の写真では少し大きなドライバーを、磁力がイメージしやすいように掲載していますが、大きなものや長いものは正しい操作でも磁気が抜けない可能性がありますので、必ず時計サイズ程度の小さな物を使用してください。)

磁気を帯びさせたい物を、「磁気抜きの機械に置いてから」スイッチを入れてみてください。
本来は磁気を抜く機械ですが、このように間違った操作をわざとすることで磁気を帯びます。

対象物が磁気を持ったのかどうか、ネジなどの小さな金属部品などに近づけて、くっつくかどうか調べてください。
磁気を持ったことが確認できたら、これを使って、今度は「磁気を消す」作業を行います。

ドライバーとネジ

磁気を消す方法と手順を踏んで、上記で「磁気を帯びさせた物」の磁気を抜きます。
磁気を抜き終わったら、方位磁針を近づけて、磁気が残っているか調べてみてください。
方位磁針が動かなければ、磁気抜きは成功ですので、これを何度か繰り返して練習をしてから、本番の時計の磁気抜きを行ってください。

 

やってはいけないこと

気を付けていただきたいのは、正常に動いている時計に対して、磁気を抜くという作業はできればしないこと。
磁気抜きの機械を手に入れて、一度磁気抜きに成功すると、持っている全ての時計の磁気抜きをしたくなるものですが、磁気を帯びさせてしまう可能性や、それによって正常に動かなくなる・磁気だけの問題ではなくなるリスクがあります。

 

 

磁気帯びに関するQ&A

磁気は自然に消えますか?

細かく言えば直流か交流かにもよりますが、基本的には帯びてしまった磁気は消えません。
強い磁気が発生している場所から離していただくと、磁気の影響が弱くなり、時計が元のように動きだすこともあります。
影響を受けている部品が、正常に動ける距離や場所に戻る等、振動などがきっかけで動きだすこともあります。

 

修理から戻ってきたばかりの時計が磁気を帯びていました

磁気はどこにでもあるもので、修理をしている場所でも、電磁波測定器・ガウスメーターで計測すると、磁気を発するものが無いにもかかわらず、磁気が計測されます。
磁気を抜いた時点では磁気は0になるものの、修理からお客様の手元に渡るまでに、自然な形では磁気を帯びてしまうものです。

正しい手順で作業がなされ、テンプ回り等、精度や動作に大きく影響する部品に強い磁気を帯びていなければ、動作に大きな影響を与えるものではなく、正常の範囲であると考えるべきものです。
新しい時計でもメーカーによっては、ある程度の磁気は帯びるものと想定し、最初から磁気の入った部品が使われていることもあります。

 

 

磁気帯びで修理が必要な時は

故障もしくは不具合の原因が、磁気帯びだけであれば、時計自体の状態としては軽症です。
しばらくすると正常に動くようになることもありますので、また普通にお使いいただけるようになることもあります。
衝撃や錆びなどと違って、部品の破損が起こる可能性としては低いのですが、不具合が磁気の影響だけではないこともありますので、軽症のうちに手を打っておくことをお勧めします。
下記のページから、当店までお問い合わせください。

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